をようやく観る事ができました。
あのドイツ人監督、ヴィム・ベンダース(「ベルリン天使の詩」)をはじめ、世界中の映画人から
支持されるこの日本映画。それはなぜだろう?と、20代の頃に疑問を持っていた私は、当時、
ビデオでこの映画を観たのでした。
しかしー
映画が始まって15分くらいでギブアップ。とても面白い映画とは思わなかったのでした。
それは、展開が遅く感じられ、しかも内容が地味でモノクロ映画。
ハリウッド映画ばかり観ていた当時の私にとっては、苦痛で仕方が無かったのでした。
それから年を重ね、今の年齢になり、映画を本格的に日本大学芸術学研究科で勉強して、
自分で自主製作をするようになってから、改めて小津安二郎監督作品を観なおしたのです。
そして今回、数度目の挑戦となった「東京物語」。
自分では意外なほど、物語に入り込み、ラストシーンでは涙がでてしまうほど感動したのです。
必読の書だから、読んだ方がいいと言われたことがあります。
脚本はとても他の人が真似ができるものではないなぁと思います。
血のつながった親子よりも、他人である義理の嫁の方が、老いたる義理の父母を大切にするという
痛烈な皮肉と現実がこの映画では描かれています。
(ネタバレあり)
ラストシーンに、笠智衆演じる老いた義理の父が、亡くなった妻が持っていた大切な時計を
原節子演じる義理の嫁に渡すというシーンがあります。
「あんたに使うてもらやあ、お母さんもきっと喜ぶ。なぁ、もろうてやっておくれ・・・」
「妙なもんじゃあ、自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽどわしらに
ようしてくれた。いや、ありがと」
血のつながりとか、肉体のつながりではない、本物の絆とは、お互いの心がつながっている
ということ、お互いを真剣に思いやる心なのだと、考えさせられました。
「御書」という書物の中に書かれた言葉に、「蔵の財よりも身の財すぐれたり 身の財より
心の財第一なり」とあります。ああー本当にそうだなと感じました。
小津映画に話を戻すと、小津映画のすごいところは、なんでもない普通の生活を描きつつ、
クライマックス(又はラストシーン)にきっちりと映画のテーマを描いてみせている
ところだと思います。しかも、その描かれるテーマが観客にわかりやすく明確だという事だと
思います。
作り手側からすると、普通の生活を描くシーンを演出・撮影するほど難しいシーンはないと
感じています。
それを小津安二郎監督はサラリとやってのけている。
しかも、そのシーンにユーモアまで入れて、ちゃんとお客を飽きさせないようにしている。
年齢や人生経験をつまなければわからない事、見えてこないものがあります。
小津映画を観て感動したという事は、それだけ自分が年をとったということなんでしょうね。
小津監督の遺作となった「秋刀魚の味」(1962年)も好きな作品です。
ぜひ、「東京物語」をご覧下さい。