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映画評:小津安二郎監督作品『秋刀魚の味』

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小津安二郎監督作品、『秋刀魚の味』(1962年松竹)を観ました。

この作品に出てくる、あるワンシーンが大好きで毎回そのシーンばかり観ていたのですが、
今回は初めて全編を通して観ました。

お気入りのシーンとは、「トリスバー」で笠智衆さんと加東大介さんが軍艦マーチを聞きながら
敬礼をするというシーン。そのシーンに登場する、バーのマダム役の岸田今日子さんが実に
良いのです。

たまたま出会った元海軍の艦長が笠智衆さん、その部下が加東大介さん、そして加東さんが
ひいきにしているバーのマダムが岸田今日子さんという設定。

軍艦マーチを聞きながら加東さんが敬礼をして、「ねぇ、艦長もやってくださいよ」と笠智衆さんに
敬礼をうながします。すると笠智衆さんは艦長として敬礼のポーズを取ります。

するとさっきまでお風呂に入ってきたばかりという岸田今日子さんも頭にタオルを巻いたまま
ニコニコしながら敬礼を真似するのです。すると加東さんが「違う!敬礼はこう!」と
岸田今日子さんに下官がする敬礼を教えるのです。

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このニコニコした岸田さんの笑顔が良くて、思わず何度も観てしまいます。

全員が軍艦マーチにあわせて、ゆらゆら頭を揺らしながら敬礼をしているという、
とても変なシーン。

加東さんのセリフ「艦長、どうして日本は負けたんすかねぇ?」
笠智衆さんは「うん」と言って、二人はウィスキーを飲みます。

小津安二郎監督の遺作となった「秋刀魚の味」は、自分の娘を嫁に嫁がせる父親の孤独を
描いた傑作です。

あの脳科学者、茂木健一郎氏もご本人のブログの中で、年に数回必ず観たくなる映画として
この映画をあげていました。

秋刀魚の味」はユーモアにあふれた、人情ドラマ。

娘役の岩下志麻さんの美貌(ものすごく美しいのです。ホント!)に魅了されながら、
父親役の笠智衆さんの感情を抑えた演技が鑑賞後にずーっと印象として残ります。

太平洋戦争に敗れた戦後日本の復興の様子を背景に、そんな社会の中でも変わることのない
人間模様を丁寧に描いた作品だと思います。

ただ、現在の日本人女性の価値観とこの映画が描かれた時代の価値観は大きく異なってきていると
感じます。それは「結婚」する事への価値観の違いです。

当時はまだ日本人女性にとって結婚する事は当然のこととして受け入れられていましたが、
今では結婚を選択しない日本人女性が増えているよう思えます。
結婚を選択しない「オールド・ミス」は、現在では至るところで見うけられます。

また別の視点として、小津安二郎作品を観るたびに思うのが、小津作品に登場するキャラクターは
個性的であるものの「品」があると感じます。

娘役の岩下志麻さんにせよ、バーのマダムの岸田今日子さんにせよ、日本人女性の品のよさ、
どこか形式的ではありますが、今ではもう見ることができない日本人独特の様式美がそこに
残されているように思えるのです。

笠智衆さん、岩下志麻さんの対照的なキャラクターとして描かれた、貧しい中華そば屋「燕来軒」
の父親と娘を演じた東野英治郎さんと杉村春子さんの中にも「品」がありました。

失われてしまった日本の風景と、日本人の気品を小津安二郎監督は映画として残してくれたのだと
思います。

是非、『秋刀魚の味』を御覧ください。